無駄な動きの効用

最近は,論文執筆の苦痛から逃避しようと本屋をうろうろしたり,雑誌をパラパラめくってみたりと,無駄な動きが多ござんす。。。


ただ,そのような無駄な動きも,時には思いもよらぬ副産物をもたらすことがあるのですな。


そのひとつが,最近見つけた書籍大来洋一『戦後日本経済論−成長経済から成熟経済への転換』(東洋経済新報社)に出会ったことである。


この書籍では,かなり高度な経済理論や実証分析的手法を用いて,戦後日本経済の成長過程及び終了過程を辿っている(そういう意味でついていけないところ多数)が,そこで述べられている重要なことのひとつは,いかに,戦後行われた旧通産省の産業政策なるものが無意味であったかということである。
未だに,産業政策を信奉する人々が経産省には多いが(そして,未だに自分たちが民間企業をリードしようとする),そういう人々は,この著作を読めばいかに自分たちが思い違いをしているかを思い知ることになるだろう。


産業政策とは,市場で決定される価格等の諸要因について,直接市場に介入し,それら諸要因を人為的に決定,制御しようとする政策のことだ(そういう意味では社会主義的手法と類似する)。
それは,行政指導的手法を多用するから,恣意的な行政を蔓延させる。
ここが,産業政策の怖いところで,明確な基準(ルール)に基づく法の運用ではなくて,アドホックな対応に終始する訳ですな。
それでたまたま成果が出ると自分たちの手柄にするもんだから,たちが悪い。


そういう,戦後日本経済の幻想を喝破してくれるこの書籍に大きな感銘を受けました。